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神戸地方裁判所 昭和56年(行ウ)5号 判決 1981年9月03日

原告 黒田修光

被告 兵庫県西宮財務事務所長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告は、「被告が原告に対し昭和五五年七月一一日になした別紙物件目録記載の土地、建物の取得にかかる別表不動産取得税賦課表記載の不動産取得税に対する徴収猶予取消処分を取消す。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

二  原告は請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は昭和五三年八月二五日訴外駒沢年三との間で、同人所有の別紙物件目録記載の土地、建物(以下、本件不動産という。)について譲渡担保契約を締結し、同日、原告に対する所有権移転登記を経由した。しかし、本件不動産の取得はいわゆる譲渡担保財産の取得であつて、かねて被告より、別表不動産取得税賦課表記載の不動産取得税について、地方税法(以下、単に法という。)第七三条の二七の三第二項に基づき、右取得の日から二年の昭和五五年八月二四日まで右取得税の徴収猶予の承認を得ていた。

(二)  ところが、被告は昭和五五年七月一一日右徴収猶予を取消し(以下、本件取消処分という。)、そのころ原告に対しその旨の通知をした。

(三)  原告は本件取消処分を不服として昭和五五年九月一〇日兵庫県知事に対し審査請求をしたが、同年一一月二一日右請求は棄却され、同月二五日その裁決書謄本が原告に送達された。

(四)  本件不動産は、先順位担保権者の根抵当権の実行により競売に付され(神戸地方裁判所尼崎支部昭和五四年(ケ)第六〇号事件)、昭和五四年一一月二一日競落許可決定の確定により原告は本件不動産の所有権を確定的に喪失し、しかも、売却代金はすべて先順位担保権者に配当され、原告に交付すべき剰余金は存在しなかつた。

(五)  法第七三条の二七の三第一項に規定する譲渡担保権設定の場合における納税義務免除の要件のうち、被担保債権の消滅は、単に例示的なものであつて、その他理由をとわず二年以内に当該財産が返還されれば足るものと解すべきである。また、不動産取得税の課税については、単なる形式的な所有権の移転を原則として非課税とし(法第七三条の七の各号)、譲渡担保による所有権移転の場合も右により非課税を原則とするが、例外として二年を超えて譲渡担保財産の担保力を掌握したときは課税し、又は、徴収猶予を取消し、納税義務を免除しないものとしている(法第七三条の七第八号、第七三条の二七の三第一項)。したがつて、その課税の根拠は実質的な所有権の移転にあり、譲渡担保の場合は二年以上担保力を掌握したとき、はじめて実質的移転と同視するのである。右の趣旨からすると、二年以内に設定者に担保不動産を返還することにより担保権が消滅する場合と、本件のごとく二年以内に法律上当然に生ずる効果として担保権が消滅した場合とでは、二年以上担保力を掌握しなかつたことに差異はないから、これを区別する合理的理由はない。

(六)  また、本件において、仮に原告が競売手続における競落価格を事前に調査し、原告に交付される剰余金のないことが判つた場合、徴収猶予期間内に本件不動産による債権回収を断念し、合意解除、権利放棄を原因とする本件不動産の所有権移転登記の抹消登記をする機会はあつたのであり、右抹消登記がなされた場合には法第七三条の二七の三第一項が適用されることとなる。しかし、被担保債権消滅の場合であればともかく、本件のごとく担保不動産がまもなく競売される事態になつて、その不動産に関心を失つた担保権設定者が右の抹消登記手続に協力することは通常ありえない。そして、担保不動産の競売手続により、担保目的実現の余地のないまま自己の登記が抹消される運命にある譲渡担保権者にとつて、担保権設定者の協力を得られたか否かにより納税義務免除の可否が決せられることは不合理である。

(七)  以上のごとく、原告が不動産取得税の徴収猶予期間内に当該不動産の所有権(担保権)を確定的に喪失した本件においては、法第七三条の二七の三第一項により原告に対しその納税義務を免除すべきであるにもかかわらず、被告は徴収猶予を取消したもので、本件取消処分には右法条の適用を誤つた違法があるから、原告は被告に対し、本件取消処分の取消を求める。

三  被告は請求原因に対する答弁及び主張として次のとおり述べた。

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)の事実中、本件不動産が原告の先順位担保権者の根抵当権の実行により競売に付された結果、原告が本件不動産の所有権を喪失した事実は認めるが、その余の事実は知らない。その余の請求原因事実は争う。

(二)  不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産移転の事実自体に着目して課せられるものであつて、不動産の取得者がその不動産を使用、収益、処分することにより得られるであろう利益に着目して課せられるものではない。したがつて、法第七三条の二第一項にいう「不動産の取得」とは、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かに関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得のすべてを含むものであり、譲渡担保についても、それが所有権移転の形式による以上担保権者が不動産に対する権利を行使するにつき実質的に制約を受けるとしても、それは不動産の取得にあたる。

(三)  法第七三条の二第一項は、原則的に一切の不動産の取得に対し不動産取得税を課する旨規定し、法第七三条の三ないし七において例外的に非課税とすべき場合を規定するが、昭和三六年の法改正前には譲渡担保による不動産の取得について規定を設けていなかつたところ、昭和三六年四月三〇日法律第七四号による改正により、譲渡担保による不動産の取得も課税の対象となることを前提としたうえで、特例として、譲渡担保財産設定の日から一年以内(昭和三七年法律第五一号により二年以内と改正)に被担保債権の消滅により当該財産が担保権者から担保権設定者に返還された場合について、設定の際における担保権設定者から担保権者への移転については納税義務が免除される旨の法第七三条の二七の三第一項の規定、担保権者から担保権設定者への返還については非課税とする旨の法第七三条の七第八号の規定が設けられた。このような規定の体裁からみるときは、右規定に該当する不動産の取得以外の取得については、原則的規定である法第七三条の二第一項により課税されるものというべきである。

(四)  租税法規は、その技術的性格から、一義的かつ客観的に実定法規にしたがい厳格に解釈すべきであつて、いたずらに拡張、類推解釈すべきではない。法第七三条の二七の三第一項は、譲渡担保財産返還の原因が債権の消滅による場合において、被担保財産が担保権設定者に移転されたときについてのみ納税義務を免除することを制限的に規定するものである。本件において、原告主張のように譲渡担保財産を先順位担保権者の競売によつて喪失した場合は、譲渡担保権者の担保権設定者に対する債権は消滅していないのみならず、譲渡担保財産の担保権設定者への返還もないから、同条項に該当しないことが明らかである。

(五)  また、実質課税主義は、所得そのものに着目し、そこに直接的に担税力を見出す収益税において最もよく適合するものであつて、不動産取得税のように財産の移転という事実そのものに着目し、その背後に一般的に存在すると観念される抽象的な経済力に担税力を見出す物税に属する税には必ずしもふさわしいものでなく、むしろ、不動産取得税においては、規定の形式的、一義的解釈こそ課税の公平を期する途であるといえる。

(六)  以上のとおり、法第七三条の二七の三についての改正経過、立法趣旨及び規定の体裁等を総合すると、被告がなした本件取消処分は適法である。

四  証拠<省略>

理由

一  原告が昭和五三年八月二五日訴外駒沢年三との間で、同人所有の本件不動産について譲渡担保契約を締結し、同日、原告に対する所有権移転登記を経由し、別表不動産取得税賦課表記載の不動産取得税について、法第七三条の二七の三第二項に基づき、右取得の日から二年の昭和五五年八月二四日まで右取得税の徴収猶予を得ていたこと、昭和五五年七月一一日被告が本件取消処分をし、そのころ原告に対しその旨通知したこと、原告がこれを不服として同年九月一〇日兵庫県知事に対し審査請求をしたが、同年一一月二一日右請求が棄却され、同月二五日その裁決書謄本が原告に送達されたこと、本件不動産が原告の先順位担保権者の根抵当権の実行により競売に付され(神戸地方裁判所尼崎支部昭和五四年(ケ)第六〇号)、昭和五四年一一月二一日競落許可決定により原告が本件不動産の所有権を喪失したことは当事者間に争いがない。

二  成立に争いがない甲第一号証の一ないし四、同第五号証(第五号証は原本の存在についても争いがない。)によれば、本件不動産は訴外許万根が競落によりその所有権を取得し、昭和五五年四月一〇日その旨の所有権移転登記を経由したこと、競売代金五〇四七万一六六一円は、競売手続費用のほか、一番根抵当権者訴外十三信用金庫の債権全額につき、二番根抵当権者訴外大木裕夫の債権の一部につき各配当された結果、原告に交付されるべき剰余金は存在しなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  そこで、本件取消処分の適否について検討する。

不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産の移転の事実自体に着目して課せられるものであつて、不動産の取得者がその不動産を使用・収益・処分することにより得られるであろう利益に着目して課せられるものではないことに照らすと、法第七三条の二第一項にいう「不動産の取得」とは、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かには関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得のすべての場合を含むものと解するのが相当であり、譲渡担保についても、それが所有権移転の形式による以上、担保権者が右不動産に対する権利を行使するにつき実質的に制約をうけるとしても、それは不動産の取得にあたるものと解すべきである(昭和三六年法律第七四号による改正前の法第七三条の二第一項に関する最高裁判所昭和四三年(行ツ)第九〇号同四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三三三頁参照)。

そして、法は、第七三条の七第八号において、「譲渡担保財産により担保される債権の消滅により当該譲渡担保財産の設定の日から二年以内に譲渡担保権者から譲渡担保財産の設定者に当該譲渡担保財産を移転する場合における不動産の取得」に対しては、不動産取得税を課することができない旨規定し、第七三条の二七の三第一項において、譲渡担保権者による当該譲渡担保財産の取得につき、それが「当該譲渡担保財産により担保される債権の消滅により当該譲渡担保財産の設定の日から二年以内に譲渡担保権者から譲渡担保財産の設定者に」移転したものであるときは、これに対する不動産取得税に係る地方団体の徴収金に係る納税義務(以下、単に不動産取得税の納税義務という。)を免除する旨規定しているが、それは、法第七三条の七の他の各号の規定とともに、法第七三条の二第一項にいう不動産の取得は所有権移転の形式による不動産の取得のすべての場合を含むことを前提としたうえで、この原則を貫くときは不動産取得税が流通税であることを考慮してもなお不合理な結果となる場合について、これを不動産取得税の課税対象から除外するために設けられた例外規定であると解される。したがつて、法第七三条の二七の三第一項の規定の解釈、適用にあたつては、安易な拡張あるいは類推をすることは許されず、所定の要件についてはこれを厳格に解すべきものと考えられる。

しかして、法第七三条の二七の三第一項は、単に譲渡担保財産がその設定の日から二年以内に譲渡担保権者から他に移転したことのみを要件として不動産取得税の納税義務を免除するものではなく、被担保債権の消滅により譲渡担保財産がその設定者に移転する場合であることをもその要件とするものであることは、その規定の文言から明らかである。

ところで、法第七三条の二七の三第二項は、同第一項所定の要件にあたる事実が存在し右規定の適用があるべきことを前提として徴収猶予を認めるものであるから、右納税義務免除の規定が適用される可能性のないことが明らかとなつた場合は、譲渡担保財産の設定の日から二年以内のいかなる時期であつても、もはや徴収猶予を維持する必要はなくなり、法第七三条の二七の三第三項による法第七三条の二六の準用により徴収猶予を取消しうることとなる。

本件についてこれをみるに、前記認定の事実によれば、本件不動産の所有権は、先順位担保権者の担保権実行により競売に付された結果、不動産取得税徴収猶予期間中に譲渡担保財産の設定者以外の第三者に移転し、しかも競落代金の配当により原告の被担保債権が消滅することもなかつたというのであるから、原告の被担保債権が消滅しないうちに、債権消滅により本件不動産の所有権が譲渡担保財産の設定者に移転される可能性が失われてしまつたことが明らかであり、したがつて、法第七三条の二七の三第一項の規定により、原告に対する本件不動産取得税の納税義務が免除される可能性もまた確定的に消滅したものといわなければならない。

この点に関して、原告は、法第七三条の二七の三第一項の定める被担保債権の消滅という要件は単に例示的なものにとどまるものであることを前提として、予め被担保債権を担保するに足る価値がないことを知つて当該譲渡担保財産をその設定者に返還する場合(本件においてもその機会はあつた。)と、本件におけるが如く、先順位担保権者の担保権実行によりこれを喪失する場合とでは、譲渡担保権者がその間担保力を掌握しなかつた点において差異はなく、したがつて右二つの場合を区別すべき合理的理由はないから、本件の場合も右法条により不動産取得税の納税義務を免除すべきである、と主張する。

しかしながら、さきに述べたように、法第七三条の二七の三第一項は、被担保債権の消滅により譲渡担保財産がその設定者に移転する場合であることをも納税義務免除の要件とするものであることは、その規定の文言から明らかであり、しかも、被担保債権の消滅は、譲渡担保財産のその設定者への移転とは無関係に、別個の要件とされているわけではない。そして、その趣旨は、単にその場合の所有権移転が担保目的による手段的、形式的なものであつて、譲渡担保財産の価値の把握も二年以内という比較的短期間内にとどまる、というだけでは足りず、なお、その期間内に当該譲渡担保権の実行によることなく被担保債権が消滅し、それに基因して不必要となつた譲渡担保財産がその設定者に返還されたという確定的な結果にかんがみ、担税力の評価という観点からは、結果的にみて譲渡担保財産の価値の把握は無意味であつたと評価することができ、したがつて、所有権の移転がまさに形式のみのものであつたと評価することができる場合であつてはじめて、不動産取得税の納税義務を免除すべきものとするところにあるものと解される。以上、右条項所定の被担保債権の消滅によりとの点を単に例示的なものにとどまると解することはできない。そして、原告主張の、先順位担保権者の担保権実行により譲渡担保財産を喪失した、あるいは、余剰の担保価値がないことを知つてこれをその設定者に返還した、というのは、いずれも被担保債権はそのまま残存している場合であるが、それらの場合は、当該譲渡担保財産についてたまたま他に先順位の担保権が存在するという、当該担保財産の設定以外の要因に基づいてその実効性がなかつたというにとどまり、当該譲渡担保権者は、当該譲渡担保財産がその手を離れるまでの間は、譲渡担保財産の設定によりそれなりにその価値を把握していた、少なくとも、確定的明確にその価値の把握が無意味であつたと評価することができる場合ではない、といわざるをえないのであつて、それは、さきに述べた法第七三条の二七の三第一項が納税義務を免除すべきものとして予定している場合とは異なるものである。したがつて、本件の場合も法第七三条の二七の三第一項により不動産取得税の納税義務を免除すべきであるとする右原告の主張は採用することができない。

そうすると、被告が本件不動産の競落及びその旨の所有権移転登記の後である昭和五五年七月一一日になした本件取消処分に違法はないものというべきである。

四  よつて、原告の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 松本克己 鳥羽耕一)

物件目録及び不動産取得税賦課表<省略>

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